吉野林業を巡る
吉野林業発祥の地、奈良県吉野郡川上村。
弊社の支援先地域の一つである川上村では、2015年6月28日に川上村(行政)と林業4団体から成る「吉野かわかみ社中」が結成され、丸2年が経過しました。地域林業の中間組織となる吉野かわかみ社中は、小規模林業事業体各社のインキュベーション機能を持つと共に、自らの組織においても地域おこし協力隊制度を活用して職員を採用し、現在は営業、広報、森林プランニング分野それぞれに専門知識あるスタッフが集まるチームが構成されています。
吉野かわかみ社中発足から間もなく3年目へ突入する節目を前に、今回は近隣地域との繋がりから、吉野林業と川上村について辿るツアー「産地巡礼」へ出掛けてみたいと思います。林業の切り口から巡る、1泊2日の奈良吉野旅、どうぞご覧ください。
「山行さん」と巡る原木市
年1度、最も優良な材が集まる特別市「奈良の木まつり」
奈良県中部に位置する、桜井市。日本最古の神社といわれる三輪の大神神社を始めとして、由緒ある社寺も数多く残る地域です。この日は、桜井駅から車で約20分、桜井市内の原木市場「奈良県銘木協同組合」を訪れました。こちらは奈良県内に5つある原木市場の中でも、特に高単価の原木が集まることで有名な市場です。この日は、年1度、最も優良な原木が集まる「奈良の木まつり」の開催日でありました。県内に留まらず、全国から高品質な吉野材を求めて買い方が集まります。
奈良県銘木協同組合
ここで特別に、川上村で林業(素材生産業)を営む中平林業の中平武さんに、市場を案内していただきました。彼は、外周5m超、直径約180cmの大径木伐採や、神社仏閣に使用される木の伐採経験を持ち、若手林業家の筆頭として、川上村を拠点に吉野林業を担っています。ちなみに吉野林業では、林業従事者のことを役割に応じて、山守(ヤマモリ)や山行(ヤマイキ)と呼ぶのです。中平さんも“山行さん”の一人です。
中平林業 中平武さん
中平さんの解説を受けながら市場に並ぶ丸太を見ると、木口にはそれぞれ「伝票」と「刻印」が記されていることに気付きます。「伝票」には、樹種、材積、長さ、末口直径と共に、産地が明記されていました。そして「刻印」とは、山守が所有し丸太に押印する印のこと。吉野の山守は世襲制のため、山守権と共に刻印が継承されてきました。また、多くの山を管理する山守の場合は、山によっても複数の刻印を使い分けています。つまり吉野林業を知り尽くした買い方は、刻印を見ることで、その丸太を管理した人(山守)と山の情報を辿ることができるのです。
真剣な眼差しで丸太を選ぶ買い方の皆さん
「あの地域の山の木は育ちが良い。産地と刻印を見て決める。」とある買い方が言いました。ここに集まる丸太は、どれも決して安い素材ではありません。実際に製材しないと中の状態が目に見えないからこそ、丸太の外観のみならず、森林の所在地、出荷者への信頼から予想される施業履歴を考慮して、その木を買うか否か決めるということです。これこそが、刻印の示すトレーサビリティですね。
刻印を見つつ山行の中平さんから、丸太に関するストーリーを教えてもらいます。「この刻印は、誰々さんとこの山やなぁ~」等と賑やかに話しながら歩いていると、中平さんの周りに人が集まってきました。「お~Aさん、こんにちは~!しかしアレ(あの木)は凄いですなぁ。どないして伐ったんですか?!」と笑顔で会話が交わされます。市場には、直径が人の背丈を超えるような巨大な丸太も並んでいますが、相手はその木の伐採者さんの様子。市の日は、買い手だけでなく丸太の出荷者も気になって様子を見に来ているようです。 “この木はいくらで売れるだろう?” “誰々さんは、どんな木を出してるんやろう”と、丸太の出荷者にとっても、原木市場はお祭りのような「非日常」のある一日なのですね。
末口直径60cm超の丸太
景色・素材厳選のオーベルジュ
取材に熱中する中、ふと原木市場近くの丘の上を見上げると、真新しい木造の建物を発見しました。
オーベルジュ・ド・ぷれざんす桜井
「あの建物は何だろう、行ってみよう!」と移動。そこで出会ったのは、2016年に開業したばかりのお店「オーベルジュ・ド・ぷれざんす桜井 」でした。オーベルジュとは、フランス語で「宿」という意味。レストランと9部屋の客間が揃った、お宿です。桜井駅近くの中心街から離れた、車がないと行けない場所で、里山に囲まれた広いレストランが私たちを迎えてくれました。
訪れたのは、初春。まだ風は冷たく、景色は冬の色をしていました。そんな季節のテーブルには、真ん中に一本のサクラの丸太が立っていました。
コースが始まると、ガラスの器が運ばれてきて、完成したのは…吉野桜に見立てた前菜でした。「どうぞお花見をお楽しみください。」の一言と共に、思わず歓声が溢れます。
一品目のアミューズ「吉野桜のお花見」
次々と出される料理の数々には、味わいと美しさはもちろんのこと、林業視点からも、見逃せないおもてなしに満ちていました。例えば、お花見をイメージした前菜と共に提供されたのは、お花見弁当に見立てた突き出し。お弁当箱のような器は、吉野地域の木工家さんの作品で、吉野杉の美しい赤柾材が用いられています。
突き出し料理は、吉野の木工作家が作ったお弁当箱でいただく
メインのお肉料理の一皿は、「味噌でマリネした五條の猪のロースト」。素材の味をワイルドにいただく山の中でのBBQも絶品ですが、上品に焼き上げられた猪肉にも、ジビエの新たな可能性を感じます。
味噌でマリネした五條の猪のロースト
食後のコーヒーと共に出てきたのは、和菓子が入っているかのような、小さな木箱。中には可愛らしいマカロンとトリュフの洋菓子が収まっていました。
木箱に入ったデザート
最後まで趣向が凝らされた数々のお料理をいただき、目もお腹も、心までいっぱいになりました。「木」という素材には、温もり・優しさという質感の他に、“加工の幅広さ”が大きな魅力ではないでしょうか。切り株や枝を丸のまま使ったり、板にしてメニューの表紙のように使ったり、あるいは木箱や器として細かく加工してみたり・・・、割る、輪切りにする、彫る、板挽きする、一度刻んでから再び組む等々、幅広い加工の可能性を秘めているからこそ、扱う者のセンスを問われる素材であるとも言えましょう。料理にも似ているのかもしれませんね。料理と木の関係も奥が深そうです。
ふとレストラン内を見回すと、食を楽しむ空間の中にも所々に木があしらわれています。
例えば、客人を迎える入口のテーブルには、輪切りの丸太。その日の料理に使う、シェフが厳選した野菜が並べられています。料理や食材のみならず、木製の建具やメニューの背表紙等の小物にも、随所に吉野杉や桧を使って、「地域産の素材」にこだわった空間演出が施されていました。
輪切り丸太の上に、その日仕入れてきた素材が揃う
メニューの表紙は、杉の薄板と和紙
もちろんお箸は、吉野杉
木格子の建具が、和モダンな空間を演出
オーベルジュがある立地は、大神神社や箸墓古墳(一説には卑弥呼の墓ではないかと言われる)を見渡しながら、原木市場も一望できる、オーシャンビューならぬ“ウッドビュー”。ついさっきまで居た市場の威勢良い声が聞こえそうな眺めです。
細やかな演出に心までいっぱいになったところで、続いては貯木のまち・吉野町へ足を伸ばします。
吉野林業を巡る~中編~をご覧ください。
旅する産地 編集室
林業木材業の選ばれる産地づくりを目指して。地域密着型支援コンサルティングを行う、古川ちいきの総合研究所の視点から私たちが出逢った林業産地の風景や物語をお届けします。